どっかで思っているからか韓国をはなれる寂しさよりも
日本にもどるうれしさがでかい!!!!!ご飯とか!!!
何日か前、いろいろ考えてたね。いまも考えてるけど。
考えながら生きていけばいいよね。
昨日の夜に散歩しながらふっと浮かんだことばなんだけど
「そのとき、そのときの選択は自分が今思っている以上に
結構しっかり行なってきてるから、選んだものに自信をもつ。
で、そこにはきっと大きな意味があるよー」ってこと。だった。
とりあえず日本に帰ったら、3月からイラストレーション塾。
せっかく通過したんだから、一生懸命向き合う。
そしたらなにか見えてくるかもしれないしね。
そしたらなにか見えてくるかもしれないしね。
あと、卒論の相談を先生とする。(どうしよう……!)
で、卒業後どこに行くか決める。
あと英語やろう。
あとは日本と韓国の歴史、どっちももっと勉強する。
(関係ないけど、日本語で本を読みたいなあ)
いくつか見ているうちに、クリエイターとして
食べている人たちに共通するのは「いま」を切り取る視線。
それがあるか、どうか。
作家は、人がみおとしがちな日常の中にあるふとした風景や
情感をしっかりと掴んで、人に魅せる。「ああ。なるほど。
いいなあ。」この体験をいつも私自身も鑑賞者として求めてる。
デザイナーだって、やっぱりそう。問題発見から解決まで
導く過程のはじめから、鋭い視点の据え方が要求されてる。
広くいえば、ビジネスだってそうだもん。
だから、全部根本は共通してるんだよなあ、と少し納得した。
でも、今の時点で生活と近しいアートってなんだ?と
具体的な実感がもててない。
作りつづけなきゃ、これはみえないかもね。
具体的な実感がもててない。
作りつづけなきゃ、これはみえないかもね。
やっぱりものづくりって日常のなかにあるからこそ
工夫とかがうまれて、人の縁がうまれるものなんだ。
わざわざ学ぶものじゃないし、お金のためにやるのはむずかしい
(と感覚的に判断する)というのもある。
あと(関係ないけど)最近思い出した、
あと(関係ないけど)最近思い出した、
人生の分岐点にもなったひとつが
整体に通ったことだった。東洋が誇れる
ひとつの文化は、それな気がするんだよね。
韓国の人たちって漢方をすごく日常的にのむし
(まずいからわたしはのまんかったけど)
(まずいからわたしはのまんかったけど)
西洋の自然療法も、いろいろあるけど
やっぱり近いところから知ってみたいなあ
考えると、毎日かわるからおもしろいな。
あと、帰ったらこれまでの収集物をなにかに活かしたいわ笑
むかしから、作るだけじゃなくて作ったものを
売りたいという欲があるんだよね。わたし。
もし韓国にいったらごみでなんか作ろう
(というくらい韓国はごみだらけ。)
あと、ゲストハウスってなんでギャラリーを兼ねないんだろ?
むかしからふしぎ。とてもすてきな出会いの場に
なりそうなのに。各国の人がみてくれるし。
人は必然とくるのに。まあ、設けられないからか。
ゲストハウス側は設けられるのにねえ
あと、帰ったらこれまでの収集物をなにかに活かしたいわ笑
むかしから、作るだけじゃなくて作ったものを
売りたいという欲があるんだよね。わたし。
もし韓国にいったらごみでなんか作ろう
(というくらい韓国はごみだらけ。)
あと、ゲストハウスってなんでギャラリーを兼ねないんだろ?
むかしからふしぎ。とてもすてきな出会いの場に
なりそうなのに。各国の人がみてくれるし。
人は必然とくるのに。まあ、設けられないからか。
ゲストハウス側は設けられるのにねえ
0 件のコメント:
コメントを投稿