Translate

2014年11月3日月曜日

むかしの写真

友だちと、文章と絵でなにかつくろう、という話をだいぶ前からしてるんだけど、絵からことばを考えるという順番にしてみることに。題材にしばりはなくてもいいんじゃないかとなり、そしたら途端に、なに描こう!と気分が高まった。

今もーれつにこんなものが描きたい、というのはないんだけど、せっかくことばをのせてくれるならば、なにか自分にとって思い入れがあるものにしたい(それを通して、しっかりやりとりがしたい)…なんて考えながら、ふーむ、と画集や資料をぺらぺらめくってたけど、今朝これかも、と思った。むかしの写真。そのなかでも、現像しっぱなしのもので、大体はうまく撮れなかったやつ。捨てるまででもないけど、アルバムに挟むものではない、中途半端な写真…それを見つけるたびにいつもなぜか、どこか見て見ぬ振りをしてしまっている自分に気づいた。

うまく撮れていないというのもあるかもしれないけど、そのときの自分がとらえたものに、多少「うわあ…」という気持ちがわくのでした。かんたんにいうと、中二っぽさというか…。それと同時に、過去の自分が常に好きではないことがあるとおもう。みんな、そういうものなのかしら!どうなんだろう。少し前、その友人と、「わたしも、今の自分が一番生きやすい、で、むかしの自分がきらい」というとこに強く同意し合って、幾分か救われたことがある。

多分いつも、なにも写真だけじゃなくて、日記も絵も、もしかしたらそのとき好きだった人に対してもそういう気持ちを抱いてしまってるのかもしれない。だから、すなおに見つめきれないものが、たくさんある。(ので、絵はかろうじて残す努力はするものの、日記とか破りたくなることがたくさんある。)

自分のトラウマというか、弱いところに、絵で捉え直しつつ、しばらくの時間見つめ返す作業というのをやってみようか…(そして、そこに友だちがことばをのせてくれたら、なんか変わるんじゃないだろうか…)と思った。なんてマイナスな動機なの。笑

0 件のコメント:

コメントを投稿