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2017年7月30日日曜日

夏のプール

夜の温水プール。薄い黄緑色の大きなカーテン。赤いコーン。水色のプール。黄色のレーン。目に入る全ての色が、とても綺麗に見えた昨日の夜のプール。人も空いていて、すごく気持ちよかった。

隣の5レーンくらいは大人向けのスイミング教室だった。「クロールの時に一番大事なのは、水を掻く腕にしっかりと力を入れることです。ここでちゃんと掻けないと前に進みません」

しばらくはクロールしていたけど、途中から誰もレーンにいなくなったので、ゆっくりと泳げるようになった。平泳ぎしたり、背泳ぎしたり、ビート板で泳いでみたり。(平泳ぎは全然進まないし、背泳ぎは、自分の先を泳ぐ人の姿を水の中で見たとき、思っていた以上に足先の動きが間抜けだったので、誰かと同じレーンを使っているときはなんとなく嫌だった。)

昨日ふと、ていねいな平泳ぎをしてみようと思った。

スタートして5mくらい蹴伸びをしたら、手を掻いて、顔を上げる。小さい頃、平泳ぎを教えてもらったとき息継ぎの間に足を動かさないと習った。要は、キックと息継ぎをちゃんと分けて行うことを教わったんだった。これが意外と難しい。キック、息継ぎ、キック、息継ぎ。当たり前だけど、これをいかに正確に、早くできるかが要なのだと昨日気づいた。キックはできるだけしっかりと進むように早く、そして息継ぎもいかに早く顔を上げて、息を吸って、早く水中に顔を戻すか。これを探求しだしてから、多分500mくらい平泳ぎをしていたように思う。でも、やっていくうちにだんだんと、これまでのすごくゆっくりな平泳ぎから、少し、水泳選手が見せる勢いのある平泳ぎに近づけた気がしたのだ。気のせいだとは思うけど。変化を体感できたのが、すごく面白かった。気を緩めると、すぐ元の形に戻ってしまったものの。

小さい頃、水泳教室はすごく好きだった。クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ。いちばん好きなのは背泳ぎだった。理由はとてもシンプルで、背泳ぎのクラスにいた5才くらいのとき、先生が「背泳ぎがすごくうまい。背泳の選手になれよ」と言ってくれたからだ。(私はその言葉を間に受けて、途端に背泳ぎが得意になった。)

教室では、一つずつクラスが上がるとバッチと帽子をもらえた。一番上のクラスは水色で、200mメドレーを設定タイム以内で泳いだらかぶれる色だった。私は水色をかぶらずに教室を終えた。200mを設定タイムで泳ぎ切った日に、水泳はやめようと思ってやめた。

昨日ふと思い出したのは、私はいつもそうなのではないのか、ということだった。あらかじめ、他の人によって設定された目標はすごい熱量で達成しようとする。しかし、全てがかなった途端に、なんか満足してしまうのだった。そして、ちょっと迷子になるのだった。実は今思うと、大学生の時の韓国語もそうだったと思う。

自分で、自分の目標を設定することが苦手なのである。むしろ、今考えると語学であれスポーツであれ、そこが出発地点だった。人に教わる最低限のことを終えただけで、そこからは自分次第なのだ。

仕事でももちろん、同じことが言えるのだと思う。もちろん私の日々の生活だって、誰も目標や課題なんて与えてはくれないのだ。一つ一つの決めたことを、時間を工夫して淡々とこなしていく。気づけば振り返ったら、自分が見たかった景色が広がっているように、大きな目標を明るく、少し上の方に掲げながら。

そんなことを考えた水泳だった。

「クロールで掻く手は、動力なので、できるだけ動かしている状態がいいんです。だから両手が前で揃う時間というのはできるだけないことが理想です。」

隣の水泳教室で言われていたこと、そりゃそうだよね、と聞いていたけど、実際に意識して泳いだら全然いつもより速く泳げた。私のクロールも実はとても未完成だったのだ。

2015年2月22日日曜日

わるいとは

好き嫌いが激しいわたしでも、いいとわるいはわりあい冷静に判断できる。人だって、いろんな人いるけど、わるい人ってそうそういない。

絶対的なわるさってなんだろうと考えたとき、むかし、小学生のときに出くわした男女二人組を思い出した。同い年くらいの小学生だった記憶があるけど、別に知り合いではなかったと思う。

そこは駐輪場だった。わたしは自転車をとめていたのを取りに来たところとかで、そのときちょうど彼らも駐輪場でたむろしていた。こわいナ、関わらないゾと立ち去ろうとしたら、「ひまだな」「なんかおもろいことないかな」「とりあえず、どっか行こうぜ」という感じで彼らも動き出した。

そのとき、二人のうち一人が、誰かの自転車にさしっぱなしだった鍵を、おもむろに抜いて、遠いくさむらに思いっきり投げたのだ。駐輪場の周りは、一面遠くまで原っぱで、おそらく持ち主は自転車の鍵を見つけることはできなかったと思う。二人はかるく笑って、行ってしまった。


これは、おかしいぞ!!!とおもった。


ポイ捨てとも訳がちがう。ポイ捨ては、いつも掃除してくれている誰かや、その行為をみている誰かの気持ちを考えない、想像力がない人がやること。

でもこの二人組は、自転車の持ち主が困ることを想像して、それを楽しんでいるのだ。なんと、かわいそうな生き方をしているんだ…。

十年以上経った今でも、そのときのようにおどろくし、怒ってしまうし、なんだか全部通り越して不憫である。あれから色々あって、まっとうな人間になっただろうか。

あんな子でも、家に帰ったら彼らを愛する母親がいるんだろうな。ある友達にとっては、いい仲間なのかもしれないし、彼らを好きな人たちはたくさんいたんだろう。

でもさ!わたしはきらいだ!と思っちゃいました。

2015年2月19日木曜日

三宅島と釜山


行くべきとき、行くべき場所へ行くと、こうなるのか…と体感させてもらったようでした。

どんなスケジュールになるかわからなかったので、ほんとうに大切な方以外はほとんど連絡できずに行ったのだけど、会いたい人に絶妙なタイミングで会えた。こちらが無理にのぞむでもなく、会いたい人、行きたい場所に自然とたどりついていく感じが、こんなに重なったのははじめてだった。

なによりも、お世話になった方々にお礼をできてよかった。自分なりに思ったことがしっかりと伝わったみたいで、ありがとうということばが染みた。卒業してからはじめて安心できた。

わたしの隠れ研究目標さえも、少し引き寄せられたのを実感できた。島で必死に生を営んできた昔の人にとっても、よろこんでもらえるものを作りたいと、なぜか研究の最中にふと思っていた。みひかのご飯でいうならば、食べ物が十分にない時代も、精一杯はたらいて、あるものでなんとか暮らしてきた人たちにとって、食とはどんな存在なのか、ということを知りたい、そして、のこしたいという気持ちがあった。今回の島の滞在では、いろんな人と巡り合わせてもらったのも、何かが届いたのかなと思えたし、これはちょっと言いにくいけど(関係がないけど)、島に行くとかならず!かなしばりになってたのが、初めてしっかりと寝られたのが自分にとってかなりビックニュースだった。なにかがいるはいるんだけど、大丈夫。すごい!寝たよ、わたし!とおどろいてた。

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もうひとつ、すっきりしたことがある。韓国人の方で、一年前から民宿をはじめた女将さんについて数日前に東京新聞で記事が載っており、思わず連絡をしてしまい、今日お会いした。そのときのことを通じて、少し解消したことがあった。

記事のもとはこれでした。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015020802000115.html

彼女は50代前半の、ももさんという方で、記事にも書いてあったことだけど、あらためて、なんで島に住むことを決めたのかと尋ねたら「自分の故郷に似ている」とこたえられた。似ているという部分について、より詳しく聞くほどに、ああ、なるほど…と、その場でわたしは妙に納得してしまった。ももさんは釜山で生まれ育ったらしく、場所をきくと、わたしの家族のいたところととても近かった。だから、時代は母の世代で少しちがうけど、ももさんがあたまに描くふるさとの風景をわたしも知っていた。

もちろん、日本で生まれ育ったわたしにとって韓国の地はふるさとでもないし、懐かしむ気持ちもない。一方、三宅に対しては、フィールドワークをした数ある場所のなかから、よりによってなんでこんな寂しいところで卒業制作してんだろ…と何度も後悔しそうになっていた。一区切りついた今でも、それは疑問のままで。それがなんとなく、根拠はないのだけど、三宅島を通して、昔の自分の先祖が生きてきた環境を知るきっかけをもらったのだろうかと思えるようになってきて、自分のなかで腑に落ちる、ひとつの糸口になったのだった。(事柄の解釈、すべてに通じるけど、そう思いたい、というのが正しいかもしれないな。)

韓国の田舎の風景は、山々、というよりどちらかというと岩々といったほうが合っている。岩肌がゴツゴツとむきだしになって連なっていて、植物から感じるような、いのちが溢れるゆたかさとはまたちがう。人が暮らすことにおいても、日本と比べたら十分な環境とはまだいえず、少し山に入るとふつうの生活よりは不自由を感じる。まだ、少なくない人たちが戦争の記憶を引きずっているし、傷がいえてないのが黙っていても、うっすらと伝わってくる。そんな状況とは、もちろん全くちがうけど、そのすがたが三宅島にある火山と、そのまわりのもの寂しい風景と、あの閉塞感と、なんとなく重なるのだ。そういうところだけに限らず、いい部分も似ている。山と海がどちらもあって、風がふくと磯の香りがして、なにもないけど人が健気に生きている感じとか、もしかしたらそういう全部になにか、近しさを感じていたのかもしれない。思いこみといわれれば、それまでだけども、自分がお墓参りをしに行く田舎と、とてもよく似ていた。

今でもわたしにとって三宅島は行きたくないようで、行きたいようで、「好きな場所」とはとてもじゃないけど言いづらい。ただ、いいところだなと、素直に思える日が今回初めて来て(これまで心底いいと思ったことは正直一度もない)、よかったと自分のなかで満たされたところがあったのだった。

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この調子では書ききれないほどに、ほんとうにふしぎな二日間だったのだが、さいごのさいごまでちょっとこの世っぽくないことがあった。(もう、島に来た時点で、トリップ感というのか、そういう見方になっている部分はあるけど。) 伊ヶ谷に帰りの船がつくというので、(これまた絶妙なタイミングでお会いするご縁があって)伊波荘の女将さんに、港まで送っていただいた。出航までまだ時間が相当あったので、見送りは大丈夫ですと伝えて、ひとりで砂浜を歩いて時間を潰した。

なんか(貝とか流木とか)拾って持って帰ろうかなあ、と思って下ばかり見て歩いてたら、漂着したゴミの掃き溜めのような場所があって、とくに意味もなく、枝でゴミを物色していた。ら。かたい、山みたいなものがあらわれた。黒くて、ゆるやかに流線型を描いて、両手を広げるくらいに大きかった。なに?!と思ってゴミをどけたら、ウミガメの甲羅だった。

ほんと?うそ?ほんと?と、ひっくり返そうとしたりしたけど、重かったし、なんだか動かすと可哀想な気がしてできず、首の部分をみたら、肉がのこっていてまだ柔らかく、時間があまり経っていないようだった。顔はもっと深く埋まっていたので見なかったけど、二年前に坪田でマッコウクジラが漂着したのを見た時くらい衝撃だった。かなり甲羅が大きかったから、長生きしたんではないだろうか。ゴミに絡まって海にもどれず死んじゃったのか、海で死んだのがここまで流れついたのかはわからないけど、あまりにもひっそりと死んでいて、海の神様のようだ…と思ってしまった。

いろいろと、もっと、卒業制作に関係した細かいことをたくさん書きたいけど、感極まった一部を残しとく。とりあえず、すごい船酔いをした帰路でした。まだ、頭の中が揺れている…。

2015年2月15日日曜日

ものを大切に

身近に、わりとかんたんにものを捨てる人がいて、ゴミ箱をみておどろくことがあるんだけど、そうか、ある程度お金が手に入るようになると、ものの扱いにそこまで気を留めなくなる恐れがあるなと思った。

その人とは逆に、ものを捨てられない人というのもいる。そもそも、やたらと物を買う。もらえるものはもらう。とにかく、強欲。そのうえ、ひとのためにお金を費やすことはしないようすから見るに、おそらく全部自分のものとして抱えたがる性質のようで。

そんな人たちがたまに、「あんた、なんで使えるのに捨てるのよ」「必要だから買ったけど、用が済んだので捨てるだけです」「何かあるかもしれないから、とっておきなさいよ」「いらないんで捨てます」と(なぜか)けんかしている。

二人それぞれが他人事とは思えず、自分自身、どちらの要素も持ち合わせていると思う。わたしたちの身の回りは、ものであふれている。必要なものなんて、ほんとうはそうそうないのだろうなあ。

そういう点で、お父さんは尊敬できる。どんなものでも「もう使えない!機能を果たさない!」というくらい使い込む。なにかものを買う時の情報収集能力と吟味に費やす労力はほんとうにすごいし、買わずに済むのなら手近なもので作ったりしてしのいでいる。TPOをわきまえず、ただのケチとして相手を不快にさせるときもあり、いやだな……とたまに思ってしまうが、裏を返せば、ものやお金を大切にするのです。

多分、昔から自然とやってきたことを今もなお続けているだけだろうけど、自分の稼ぎがかわったって、そういうところはまったく変わらないのがいいなと思って、ものの扱い方とか、ものを作ることに際して、考え直そう、見直そうと思ったんでした。

2015年2月10日火曜日

夢のはなし

昨日みた夢、すごくこわかったけど、なぜか忘れられないのでとりあえずのこす。

簡潔にかくと、乗っていた電車がのっとられた夢。(関係ないけど、いつもかなりの頻度で、電車にのっている夢をみる。)

のっとった奴は、ただの悪人というよりも、「わたしたちにとって敵」という意識が強かった。あわよくば東アジアのひとの顔ではなかった!

ふしぎなのが、結果的にのっとられた、その電車は、おそらく途中でだめになって、乗ってる人たちみんなが死んじゃうだろうことを、ホームから電車に乗り込むとき、わたしを含めみんなが暗黙の了解として知っていたっていう状況。

「これに乗ったら、無事ではないだろうな」と分かりつつも、なぜか逃げる気持ちが起こらずに、それでも絶望とはちがって、「なんとかなってほしい」という運に任せるような祈る気持ちと、「従うことで(おおげさに言えば、死ぬことで)たたかうぞ」みたいな決意が共有されてた…。

で、やっぱり死ぬんだーって感じで終わってしまった。

よくわからんが、夢でもあんなに死ぬことに腹くくれたの初めてで(いつも逃げてる)、新鮮だった。収容所に送られていたような人って、こういう感じだったんだろうか…。たまには楽しい夢をみたい!

2015年1月31日土曜日

曜日感覚の共有

ただいま出勤のさなか、電車に乗っている人の装いが休日らしいことに愉快な気分になっている。ワインボトルを入れるかたちの髙島屋の袋を抱いたおじさん(食事会とかパーティなのかしら)、ラケットを二本リュックにつっこみ、新聞をひろげるおじさん(おじさんばかり)、となりでいびきをかくおばさん……平和である。

台風や雪のとき、みんなが備えるように服装をきちんとしているのも、見るとなぜか嬉々としてしまうんだけど、それに似ている。みんなそれぞれちがう日常をもちつつも、曜日感覚だけは共有できている一体感のようなものは、なぜかとても満ち足りたきもちになる。

なんざんしょう。

2015年1月29日木曜日

ふと思った

今年の(大きな)テーマは、「ふつうのことをできるようになる」こと。


錦織の試合を観て、思った。彼はすごいわ!

2015年1月23日金曜日

身軽になれた

自分でいうのもなんだけど、素直というべきなのか、自分の切り替えの早さにおどろいた。切り替えって、いいことばじゃないなあ。ああ、そうだったんだなあと過去の自分をみとめることができたら、なんかいろいろ楽になって、大丈夫だなあと思った。

そう思えているのも、まわりにいる人のおかげ。知っている人も、知らない人も、通りすがりのだれかさんのちょっとした心づかいにすら救われている。どれだけ弱っていたのでしょうか、とも思っちゃうけど、うーん、わたしのこの人生とはなんというご褒美なんだろうなと、なんか切に感じている。どんなに悩んでいても、やっぱり幸せだもん。ちゃんと生活しないとばちがあたる。

先週とかのとある朝は「ああこれでも朝が来るなんて、世界はなんて残酷なの……」って思うくらい途方にくれている気分だったんだけど、あくまでもそれはとても狭い小さい視野のなかでの見方であって。ご飯も三食食べられて、家族と過ごせて、仕事もできて、話をきいてくれる友達もいて。あったかい場所に身をおくことができて、好きな色の服を選べる。本を読みながら寝ることができて、何年後かの未来を考えると楽しみになることができている。

そのおかげで、陰鬱な気分や考えかたは三日も続かなかった。自分でおどろいた。新年の一月一日から、喜怒哀楽を順番通りに踏んできたのですが、これは多分小さなはじまりに過ぎず、こういうことのくり返しが、長い目でみて、これから何回も何回もあるんだと思う。その度に、強く、やさしくなっていきたい。ただ、こんな滑り出しの大吉なのかと思うと、この世はやはりきびしい!

ともあれです。そんなことを考えさせてくれた、ひとに感謝。愛情ってなんだろうとか、友情ってなんだろうとか、男とか女ってなんですか!と、よく考えて、とても悩んで、かなり哀しいこともあったけど、その分ほかにはかえ難いものもたくさん得られた。色んなことを伝えたら、終わりになってしまうかなと思ったけど、同時に、ありそうなことばだけど、はじまりだな!と思っている。ほんとうに清々しい。勇気をもって腹をくくれば大抵の物事は、いい方向に進む。途中しんどいけど、身軽になれた。

2015年1月21日水曜日

時がたてばわかる

time will tell と宇多田ヒカルが歌っているのをきいて、当時若干16才の彼女に励まされている私です。we just can't control the timeだと!何者なの。でもほんとうに、そうだな〜と思って、毎朝考えていることがちょっとずつ変わっている実感をしている。夜とか疲れたときになると、また振り出しにもどるんだけど、それでもやっぱり時間に代えられるものはないなって

今までは、そうとわかっていても、一時的な自我にすぐ負けていたけど、時間の流れに身を任せたらいいんじゃないだろうかと、なんとなく色んな場面で信じてみたく思うことが最近多くて、どうせ同じ時間を費やしていくならば、時が来たときのこたえが、自分ののぞんでいた状態により近い、いいものであるように、それをただ願って今このしごとをしっかりやっていこうと思った。

そうすると自分に対して投げやりにならないし、思考も自然と変化している。わかってはいるんだけど、そう簡単にできないので、今こうしてこれを書いているわけですね。たまに読み返すんだ。

2015年1月19日月曜日

無常なのだ

今日、友達のお母さんが亡くなって、上司からおめでたとの知らせを受けた。同じ日は一日としてないなあ、と思うと同時に、その流れのなかでも平和に過ごせている自分は恵まれているんだと感じる。親だって、そうじゃなくたって、いつがさいごかわからないのだよなあ

2015年1月7日水曜日

風が強いからなのか

感極まることが多い一日でした。朝によゆうができたからか、心にゆとりがあるからなのか、最近、考えてること、発することばが微妙に、よくなっているかわからないけど、変わってきている。

なんか、要はなにをしていても幸せなのである…。この幸福サイクルはどこからなぜやってきているの?と若干怪訝でこわいので、やることやって早く寝ます。

2015年1月6日火曜日

はじまり

今年の目標

腹八分で食べるのを止める
朝の時間によゆうを持つ
少し先に目処を立ててこなす


今のところ、まあまあ達成できてます!特に朝習慣の改善は、想像以上に人生を変えそうです。

年末に風邪をこじらせてから、どうも調子がよくなかったけど、さっき走ったらなんてことはなく、悩みともいえない悩みも解決しました。やっぱり、からだはこたえを知っている。

かみさまが、あたらしい課題をくれたんだとおもって、真摯に向き合おう。

2014年11月19日水曜日

今日はいい日だった

色々うまくことばにできないけど、なんでかずっと今日は涙がとまりません。もちろん理由はあるんだけど、うれしくもあり、かなしくもあり、切なくもあり、安心したのもあり、色んな感情がこみ上げてくるので自分でも訳がわからなくなっています。

大事な人に、ちゃんと心をこめてことばで伝えたんだけど、相手を思ってかけたことばたちにわたしは自分が救われたことに帰り道で気づきました。

今日、恋人と別れちゃったかのように胸が痛いです。かなり時間経ったんだけど…。でも、必要な時間だったんだろうかなと今なら思えます。

相手を通して、また少し自分を好きになれた。ひとがいてこそ、自分があるんだというお互いに及ぼすもののたしかな愛情みたいなものに、生かされてるんだなと気づかされて、こんな気づきがあるならば、しんどいけど、人生これからもっと色々辛くても生きてみる価値あるなと思った。

2014年11月4日火曜日

ビーちゃん

韓国で仲がよかった、ブラジル人の友だち(ガブリエルという名前だけど、なぜかビーちゃんとよんでいた)。としは28歳で、韓国に来る前はジャーナリストだったらしい。ブラジルでは今、日本のアニメ、KPOPが急速に浸透しているらしくて、そのカルチャーを取り入れる働きができる仕事につきたい…といってたような。

そんなことからも察することができそうだけど、潔い態度がとても気持ちよかった。愛嬌のある素敵なオーラを放っていて、動きも喋りもラテンで、すぐに踊るしキスするし、なんだかキュートなガールで憧れていたのである。

ある日、ビーちゃんがうらやましいよ〜と話した。たしかそのとき、自分のこれからについて少し悩んでいたときで、そのこともあって芯をしっかりもってる彼女がより一層遠く思えたのだが、かえってきたことばが印象的だった。自分がのぞんだように生きてきたように見えているけど、日々エラーがでまくるのがふつうで、それに勝とうともう一度トライ!そしてまたエラー!それをどれだけ繰り返してるかわかる?といわれた。

わたしは何事も、一発でOKをだそうとしてしまうところがあるのではないかと思い、だから粘りが足りない部分にもなっているし、一度自分がのぞまないことが起きるとすぐにめげている。

でも、日々とか自分の幸せって、そういうトライ&エラーでしか作り得ないから!と言い切る彼女に頭を叩かれた気がした。

だから、日々悩むことは当たり前なのである。悩みつづければ答えは近づいていくのだ。だから、前向きに悩むのだ。

2014年11月3日月曜日

むかしの写真

友だちと、文章と絵でなにかつくろう、という話をだいぶ前からしてるんだけど、絵からことばを考えるという順番にしてみることに。題材にしばりはなくてもいいんじゃないかとなり、そしたら途端に、なに描こう!と気分が高まった。

今もーれつにこんなものが描きたい、というのはないんだけど、せっかくことばをのせてくれるならば、なにか自分にとって思い入れがあるものにしたい(それを通して、しっかりやりとりがしたい)…なんて考えながら、ふーむ、と画集や資料をぺらぺらめくってたけど、今朝これかも、と思った。むかしの写真。そのなかでも、現像しっぱなしのもので、大体はうまく撮れなかったやつ。捨てるまででもないけど、アルバムに挟むものではない、中途半端な写真…それを見つけるたびにいつもなぜか、どこか見て見ぬ振りをしてしまっている自分に気づいた。

うまく撮れていないというのもあるかもしれないけど、そのときの自分がとらえたものに、多少「うわあ…」という気持ちがわくのでした。かんたんにいうと、中二っぽさというか…。それと同時に、過去の自分が常に好きではないことがあるとおもう。みんな、そういうものなのかしら!どうなんだろう。少し前、その友人と、「わたしも、今の自分が一番生きやすい、で、むかしの自分がきらい」というとこに強く同意し合って、幾分か救われたことがある。

多分いつも、なにも写真だけじゃなくて、日記も絵も、もしかしたらそのとき好きだった人に対してもそういう気持ちを抱いてしまってるのかもしれない。だから、すなおに見つめきれないものが、たくさんある。(ので、絵はかろうじて残す努力はするものの、日記とか破りたくなることがたくさんある。)

自分のトラウマというか、弱いところに、絵で捉え直しつつ、しばらくの時間見つめ返す作業というのをやってみようか…(そして、そこに友だちがことばをのせてくれたら、なんか変わるんじゃないだろうか…)と思った。なんてマイナスな動機なの。笑

2014年10月11日土曜日

いい気分

今日、いい気分にならせてもらったことが4回あった。


ひとつは、ピーターさんという人が、自分の顔を刷ったチラシを横浜の町中で落としてしまい、地面にばらまかれたようすをみて「ああ、恥ずかしい!」と思ったというのをすんごい楽しそうに(流暢な日本語で)話してきたこと。底抜けて明るくて、陽気さって人を元気にするわ!と実感する。

ふたつめは、ジョージ・クルーニーを大好きな上司の人が「彼の若いときの写真はオーラが全くないけど(若いといっても30〜40代)、歳をとればとるほど、すてきになっていくのよ」という力説をしていて、魅力的な人間になるためには、泥臭く冴えないけどがんばる時期が必要なんだということを強く思ったと言っていたこと。そう自分を励ましながらがんばっている彼女について知ったことが、おもしろかった。見かけだけでは、きれいなお姉さんなんだもん。できるOLさん!という感じで、かわいがってくれているものの、きれいすぎて距離を感じていたのだけど、意外とふつうのことで悩んで、ふつうのことで元気づいているんだなと知った。

みっつめは、展示会場のキュレーターさんが「ホームレスは勝ち組だ!」とまじめに言い切っていたこと。このときの話し合いを一言でまとめることはできないけど、そうだなあ〜と思った。(今思うとなぜ、ここにそんな思い入れが生まれたのかちょっとわからないが)力んでいた部分でもあるので時間をかけて消化したい。(?)

よっつめは、親友が送ってきたジャックタチの映画のワンシーン動画。動きが、知り合いに似過ぎて、電車で笑った。

そんな特別なことはないね!ただ、元気になってたのはたしか……。

2014年10月6日月曜日

きづかい

心地いい「きづかい」はうれしいものだ。
きづかいとは本来そうあるべき。それができる人たちを見習おう。

2014年4月23日水曜日

おばちゃん三人組

ずっこけ三人組というのがあるけど、三人集まると会話もやんややんやと盛り上がる。今朝の行きの電車で題目通りのおばちゃん三人組が向かい側に座っていた。

「球根植えるときってどのくらいなの?」「木の下から何メートル離すのよ。間隔はこのくらいで」「今朝に草いじってたんだけど、地面掘ったらお花の根っこを根切り虫にやられちゃってたのよ」「あれ、カブトムシの幼虫だと思ってたけど、ちがうのよね!」「コガネムシでしょ」「そうなの、最近までわたし、根切り虫とコガネムシは別だと思ってたんだけど…一緒なのよねえ」「掘るといっぱいでてくるのよねえ」




わたしがうとうとと8時前に目が覚めてるとき、おばさんたちは草をいじったりするほどの時間のよゆうを持って、いま同じ電車に乗っているわけだ。しかも話していることは全部私が知らないことだよ。おばさんというのはすごいなあ!!!!と感動したのでした。

今日の鳩

天気がいいしせっかく横浜で働いてるじゃんねと思い、昼食時間は外にでて、海とか川沿いで弁当食べることにした。ベンチで座って食べてたら鳩がたかってくるわけだけど、そのなかでもひと際もの怖じせずに私に近づくやつがいて。目が鋭すぎて、わたしのほうが何倍もでかいのに、思わずその場を離れた。こわかった。

で、よくよくみると足が片方なかった。鳩もいろいろ大変だ。

2014年4月11日金曜日

そのまま

昨日あいかわらず、高校生のときのままだ!と思う友人に会って、変わらないってすごいことなんだなと感動した。いいところがそのままという意味で。

最近ふと思うけど、自分のいいところを知って、それをのこすことって大切な気がする。もしくはのこるように生きていくことというのか。もちろん「こういうところが足りないから、補う」ように何か学ぶことや身につけることも時には必要だけど、「こうありたい」姿があるゆえの行動じゃなければ、どんなにバランスがいい能力を身につけられたって魅力的ではなさそう。

良さをそのままに、もしくはそれを伸ばすことって、一番努力が必要なことなんじゃないかなーと最近思った。