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2013年12月7日土曜日

整理整頓

ははは。年末である。けど、寮にいると師走感が全くない。寒さだけが、名古屋の正月を思い出させるこの頃〜!今日は、ぼんやり、してな~い?っていう自分を叩き直したいタイミングだったから、文章にする。土曜日だし、デトックスするのだ。



こっちに来るまではただ、韓国人なんだよわたし、ってあまり深くものを考えず自分自身も認識して口にしていた。でも、こっちにきて「わたしの先祖、ほんとにここで生きてたの?」というくらい、韓国はわたしにとって外国である。味覚も合うようで微妙におかしいし、礼儀作法もなっているようでなっていない。日本のことを客観的にけなされると想像以上に傷つくし、在日韓国人と伝えると接し方ががらっと(いい意味で)変わる度合いが思ったよりも大きくて逆に戸惑ったり。なんといおうと、日本で22年間育ったわたしにとっては、この国で社会的な繋がりを持つ覚悟がないかぎり、この国が非現実的な「海外」だなあと思った。

こっちに来てひしひし感じるのは、韓国人ひとりひとりが、かなり日本を特別に考えているということ。ヨーロッパを例に挙げれば、昔から隣り合う国と国の間は問題が絶えないために仲がわるいというけど、海を挟んだ日韓もこの頃なかなか良好じゃない関係が表面化されている。さらにそれを煽るメディアのせいで、根拠もない(または付け焼き刃な知識でもって)「反日」「反韓」感情が生まれるのは、あほらしいし、やるせない気持ちだ。出来事を共有するときの感覚すべてに通じるだろうけど、歴史においてはとくに「真実」なんてないんだなあと思う。互いの認識をこすり合わせないかぎり、過去を都合よく組み合わせてひとりよがりな解釈を持ったままだ。互いの歴史の認識を確認し合うという意味で、最近協議されている教科書を共同で作成しようという動きは(どうなるのかまじでわからないけど)いいことなんじゃないかと思っている。

こっちに来て仲のいい韓国人ですら、みんな口をそろえて「独島は、当然だけど韓国のものだよ。それでね……(かるくまとめて、別の話にすすむ)」という具合である。そして時には、ドイツは戦時中の過ちを戦後からいま現在にかけても謝罪の意を示しているのに対して、日本はなぜあんなひどいことを50年近くも韓国に行なったのに謝罪の態度がないのかと責めるのである。「なんだその比べ方は……」と内心では思うんだけど、終わりがない言い合いになるのがわかってるので、とりあえず耳をかたむけている、という感じ。事実、韓国に興味がある日本人の中にも、その歴史があったときのことを意識している人って少ないと思うし。

でも正直いうと、韓国人はこれにこだわらず、とくに被害者意識を持ちやすい人種だと思う。いただいた恩は返すことが習慣づいている国だからこそ、逆に恨みを買うとかなり根強いんじゃないだろうか。ご飯の会計を割り勘で済ませる日本人に対して、こっちの人は簡単なものなら相手の分も出してあげるほうが自然だ。「これを買ってくれたかわりに、あとでコーヒーおごる」という約束をする。その場その場で区切りをつけて、いい距離感を保つ日本人の性質もどこかよそよそしく感じるが、韓国人によくしてもらうと「どうやって返せばよいのか…」とプレッシャーになるときも、たまに、なくない。ともあれ、そういう人種なのだ。人懐っこくて、情深くて、わたしはこの国民の性質がすきだけど、国単位になるとすごいめんどくさくて、大変だ。

昨日、本屋さんに行って、小学生が読む歴史の教科書を読んでいた。植民地時代に関していえば、「日本人はこんな残酷なことをした(拷問器具の写真をででーんと載せながら)」、「韓国人は苦しい生活に耐えながら、勇敢に独立に向けて、万歳運動をし続けた」などなど。それ以外の具体的な生活風景が描かれていない(それらもある意味具体的ではあるけど)。知り合いの中には、日本軍の指針にはむかって処刑された、運動の発端となった人物の名前を何十人も暗記して、中学の試験問題を解いたという人もいる。この教育の流れって、なんだ、日本を恨む感情しか生まない……のでは?と思わざるをえない。純粋な日本人じゃないから言えることだけど、むだな教育をしているなあと第一印象で感じた。

苦しい時代だったということを、このとき生きていた人たちは後世に伝えたいとは思っていただろう。でも、彼らがいかに生活の知恵をこらして過ごしていたかと尊敬する気持ちよりも、ただ敵国だった日本に対する恨みの感情を受け継いでいるようにしか見えなかった。当時の人たちが伝えたいのは、ほんとうにこういう側面だけなんだろうかと疑問に思う。

でもその一方で、わたしを含める日本人の無知加減もやばいと思った。こういう徹底的な教育を受けている韓国の実態を、日本人の多くは知らないんじゃないだろうか。もしこの国との関係が続くならば、事実がどうだったかではなく、相手がどう考えているか(どう誤解しているか、という見方でもいいから)理解する姿勢が大切だ。少なくとも、日本がこのまま「すでに謝罪はひととおりした」と言い張っても、逆効果を生み続けるようすしか想像できない。韓国人はいつでも日本人に対して、文化的な面での親近感と、歴史的な面での憎悪を少なからず同時に抱いているのを知っておくべき……なんじゃないかなあと、こっちに来て思った。そのくらい、こういう問題に対して話す時想像以上にナイーブな雰囲気になるのだ。……と、ここまで書いても、ほとんどわたしの感情やちょっとした経験のつぎはぎだから全然深められてない。小学生用の教科書読んで、もうちょっと勉強する!

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